幸せは難しくない?むしろあがきたい?

7月に一番見られたツイートはこれだった。

 

佐々木典士の『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を読んだ。すごい。こんまりさんのようにこれはもう思想になっている。後半どんどん伸びる。生きているだけでも充分。うまくいっている夫婦はそうでない夫婦と比べて週5時間は長く話す。

 

26カ国語に翻訳されているのが分かる。素晴らしい。最初はミニマリストの話なのだけど後半からはミニマリストとは生き方だと分かってくる。トマトも集中して切ればそれだけで幸せ、物が少ないともし妻がいて掃除をしていたらずるいと言うだろうという話があった。分かる。階段を下りて下の階のトイレに行くのが楽しいことがある。そんなことがイベントになり得る。なんだ、私これ分かるよ、私大丈夫だよ、幸せを感じていられるよと思った。でもそれでいいのかなとも思う。歩いてスーパーを回って帰って買った食材を食べたら幸せ。本と漫画もあればずっとやっていけそう。でもそれでいいの。

 

青春18きっぷ高崎市山田かまち美術館に行った。200円だった。高崎市は観光客のために観光案内所ではなく駐輪場で自転車を貸してくれるので、群馬八幡駅では少林山達磨寺に、倉賀野駅では観音山古墳、群馬県立博物館、群馬県立近代美術館に自転車で行った。観音山古墳では石室に入ることができる。また高崎駅では高崎市山田かまち美術館だけでなく高崎市中央図書館にも行った。4階までは総合保健センターで5階が図書館なので、検診に行くではなく図書館に行くと思えそうだ。

さて山田かまち美術館に戻って、私は、私尖ってないなと思った。私にも尖っている部分は過去あって、それが今は尖っていないなんて、分かりたくなかった。エレキギターの練習中に17歳で亡くなった画家、詩人のかまちは、強くなりたい、強くなりたい、強くなりたいと書き記している。分かる、私もそう思っていた、でも今そんなに熱くない。自分がそういうことになるなんて思わなかった。変化なんか感じたくなかった。その後怒ることはあって私にも熱はあるかと思ったけど、10代や20代の若さ、エネルギーとは違うと思った。かまちの場合は溢れていた。友達にその話をしたら私は今充電中だと言われた。彼女はまた元に戻るつもりでいる。各年代の熱さはそれぞれ違っていい。ずっと好きなものがある人はいい。ただ不可逆なので眩しいだけだ。

 

私は野菜を切ることで幸せを感じられる。たくさん自分と旅したから、自分の楽しませ方も分かっている。でももっとジタバタしたかったと思った。大学院生が一緒にジタバタしましょうよと言うけど一緒にしたところで中身が違う。一般的な大学院生よりは遠くが見えている。だけどそれでも、ミニマリストでも、私は怒っていたし、もがいていたいし、上手になんて生きていたくないかもしれない。そういうのも大事ではないですかというのが今の私。

山田かまち美術館はとても胸に流れ込んでくるのでおすすめ。