前橋に行かれるなら「西洋亭 市」がオススメです。

3月に一番見られたツイートはこれだった。

 

『未熟なふたりでございますが』の6巻を読んだ。結婚しても初々しい二人。

 

『僕の奥さんはちょっと怖い』も初々しくて、そんなことってあるのかと思っている。

 

青春18きっぷを初めて買ったとき、そんなときでも私は初々しくはなかったと思うけど、私は有名どころに行った。富士山一周、日光、偕楽園、…。東京から福岡に帰るのに青春18きっぷを使い、自分はどれだけでも電車に乗っていられると分かってからは、房総半島を一周したり、琵琶湖を一周したり、バースデイきっぷで四国、北海道&東日本パスで東北と北海道を一周したりした。私にとって移動することは喜びだ。電車に乗っている間は本を読んでいる。その土地を舞台にした本を用意できるとなおいい。その後は、東芝の人しか改札を通れない駅や日本一標高が高い駅、JRの駅から自転車で行ける三県境にも楽しさを見出した。今では、B級グルメを旅の目的にすることもある。

 

3月はそんな青春18きっぷのシーズンだった。今回私が行ってよかったのは前橋の「西洋亭 市」だ。看板には「創業 大正四年」、「元祖 ソースカツ丼」と書いてある。だけどよかったのはソースカツ丼よりむしろお店の雰囲気。本がたくさん置いてある。ああお店の人はこういう本が好きなんだなというのが分かって、この人が好きな本をもっと知りたいと思って、次から次へと本を手に取った。今回の旅のお供は、MoMAで働く人たちを主人公にした、原田マハの『モダン』だったので、ここの本を見て、絵だけでなく本も、並べるだけでキュレーションになるのだと思った。亀や金魚に植物、子どもの遊ぶ場所、…。そういったものがある空間と合わせて作品だった。ソースカツ丼は490円だが、温かいコーヒー、冷たいコーヒー、温かいほうじ茶、冷たいウーロン茶がご自由にお飲みくださいとなっている。その空間で490円なら、飲み物だけでも安いくらいなのに。こういう暮らしがいいというのが見えて、地方では面白いことが起きていると思った。

 

いい空間をなぜいい空間だと思うのか、何があればいい空間だと思うのか、私はまだ分かっていない。でも温かい飲み物があるっていいよね。本もあるといいよね。私だったらこうしたい、こういう暮らしがいいというのが湧いてきた。そして私は元気になって外に出た。こうありたいという未来が見えた気がして、それに向かいたくなった。

 

私は私を取り囲む物たちに満足している。でもいい状態に置いてあげられているわけではない。物は私を満たすためにあると思っていたけど、物を満たすために私が動くことで私が満たされるというのはどうだろう。『わたしのウチには、なんにもない。』のゆるりまいが、手入れする喜びと言っているのを読んだときは、そういう人いるよね、私は違うけどと思ったけど、自分のためには動けないから、そう考えるのはどうかなと思う。

 

植松三十里の『繭と絆 富岡製糸場ものがたり』では誇りを持って生きるということについて考えた。主人公は富岡製糸場の第一工女で、富岡製糸場で働けたことに誇りを持っている。そのことにいいなと思った。背筋がまっすぐになった。今、誇りを持っているかと聞かれたら、そうだとは答えられない。

 

手入れとか誇りとか知ったことかとも思う。でもそういうのいいなとも思う。眩しい。

熱源は人 北海道を一周して考えたこと

北海道&東日本パスで東北を一周したのが2020年夏。2024年春の今度は北海道を一周した。

 

私は妹が大阪に住んでいたときは青春18きっぷで福岡に帰っていた。そのとき思っていたのは静岡からは東京寄り、愛知からは関西寄りということ。東北の場合は仙台からは東京寄り、盛岡からは北海道寄りだと思う。

 

これまで沖縄には5回行った。徐々に戦争や経済、琉球王国自然のことも分かってきた。北海道も今回で5度目だったが、まだまだだなと思う。

 

博物館網走監獄では北海道開拓の礎は囚人の手によって築かれたと知った。囚人は南国の戦地にも送られそこでも土木作業に従事した。8千人の囚人のうち収容できたのは4千人だったので残りは外で働かされており、その様は動く監獄と言われた。北海道を横断する道路を作った際には、実に6人に1人の囚人が亡くなった。看守も亡くなった。現在その道は一部が国道になっているだけである。囚人の枕は丸太だった。それを叩いて起こすのが一番効率がよかった。叩き起こすという言葉はそこから生まれている。

 

北海道ならではと沖縄ならではのものは沖縄ならではのものの方が多いと思う。北海道のものは他でも流通している。沖縄のパンや駄菓子の方がそこでしか見ないものが多い。しかし北海道は広いので移動していくとその土地ならではのものを見ることができる。

 

観光客に来てもらうために大事なのは、シンガポールと言われてマーライオンが出てくるようなことだと言う。イメージがあるということが大事だ。しかしリピートしてもらうためには人が大事だと思う。北海道は人口密度が低いので店員さんが話しかけてくれる。一人に時間を割いてくれる。ありがとうとこんにちはがあるとまた来たいなとか人に勧めたいなとか思う。カンボジアに行ったときバインミーのようなものを頼んだ。話しながら丁寧に作ってくれて1ドルだった。100個買おうかと思った。100個買っても食べきれないので100人をそこに送り込みたいと思う。なおカンボジアはリエルと米国ドルが併用されている。

 

北海道はお菓子は美味しいかもしれないと思ったのが4回目に北海道に行ったときだ。牛乳や生クリームのおかげかたくさんの洋菓子が作られている。今回は全般的に美味しいのかもなと思った。今まで北大生にこれが美味しいぞと連れられて食べていたりして、言うほどかと思っていた。しかし梅干し入れると聞いて渡されたお弁当はおばあさんの優しさを食べている気がした。素朴に美味しい。日高屋の社長は自分のところのラーメンが美味しくないことを確認していた。驚くほど美味しいものじゃない方がお客さんは何回も食べにくるという理由で。まあまあっていうのは美味しいのかもしれない。でも福岡のものはなんでも美味しいよ。

 

旭山動物園は動物の野生での動きを見せる。そうなったのは随分前のことだからもう他の動物園も追随していると思った。しかしまだまだすごかった。キリンの金玉にこんなに注目したのは初めてだ。説明文は毎年書き直されているそうだ。人って呼べるんだなと思った。私は町の人が作ったイベントが好きだ。町の人たちが少しずつ自分のところで展示をする。行くと町の人は今日は人が多いねと話していたり、ここは今だけ公開しているので見ていってくださいと言ってくれたりする。町の人がイベントを楽しんでいる。盛り上げようとしている。その手作り感はとても魅力的だ。

 

「ごっくん馬路村」というジュースがあるがそういう風に村のブランディングも可能だと思った。東川村は北海道で唯一上水道がない。また写真都市を宣言している。私はそういうことを大雪(たいせつ)な卵の卵かけご飯を朝ご飯に食べたときに知った。その鶏は旭山動物園にもいた。上水道がないというカードは強いけどそうでなくても何かあるはず。私が生まれたところとは違うだろうから、私はその村について知りたい。

 

帰りに東京電力廃炉資料館、とみおかアーカイブミュージアム3月いっぱいでなくなるというふたばいんふぉにも行った。常磐線は2020年に全線が再び開通。東京電力廃炉資料館とふたばいんふぉは2018年に、とみおかアーカイブミュージアムは2021年にできている。私はそこで東日本大震災は主語を大きくしすぎたということを理解した。ミュージアムの「富岡は負けない」という横断幕に「がんばろう日本」みたいな気味悪さを感じた。しかしそれは一人の人が字が薄れては書き直して車が通るところに張り続けたものらしい。気持ちが負けそうになったこと、この横断幕が人々を励まし続けたことを感じた。誰が言うかは大事だ。資料館の人および映像は最初に事故のことを謝った。その後私はさくらモールに行った。作業着の人たちがそこでお昼ご飯を食べていた。紙を渡すと店員さんがサービスでコーヒーを淹れてくれた。富岡の人も東京電力で働いている。原発を誘致し出稼ぎに行かなくてよくなったという経緯がある。資料館の人に謝られたときはいつも電気を供給していただいておりますと思った。でもここに住む人たちを見るとこの人たちを悲しませたら許さないからねと思った。最初ここらの建物が綺麗で何ここはと思った。そういうのが多いものだから、そうか、震災後の建物かと気付いた。津波ってここかと分かった。ミュージアムには止まった時計や小学生がホテルのメモ用紙に書いた「生まれて初めての東日本大震災」というメモがあった。個人的なものだから伝わった。津波ってここで起きてたんだな。原発はこの近くにあるんだな。

 

長々と思ったことを書いたがまとめるなら「熱源は人」としたい。『熱源』は北海道一周中に読んだ川越周一の本のタイトルで、2019年下半期の直木賞受賞作だ。祖国を失ったリトアニア生まれのポーランド人は母国語のポーランド語を話すことを禁じられる。流刑地樺太アイヌとは異なる民族のギリヤークに出会い生き直すための熱を分けてもらう。目の前のことを頑張るだけだというのはそれが直火だからではないか。行かないと分からない、行けば分かる、リピートしてもらうためには人、ありがとうとこんにちはで人は呼べる、主語は小さくというのは全部人から生じる熱に繋がっていて、熱効率の話なのだと思う。

物事から学ぶということ、物事を自分で起こすということ

2月に一番見られたツイートはこれだった。

 

まきりえこの『夫が骨肉腫になりました』を読んだ。膝蓋骨の骨肉腫という希少がんに。絶望的な思いに囚われた。退院後は再発なし。

 

私は2018年にアメリカから戻って子宮内膜症が分かった。-20℃だったので血の巡りが悪かったのだと思う。この病気のおかげで低用量ピルを飲むようになり、生理がなくなった。3カ月に一度処方箋をもらいに行かないといけないのは面倒だし、途中で加算されるようになった婦人科特定疾患治療管理料はとても大きく国はすることが逆行していないかと思うけど、低用量ホルモン剤自体は中学生のときから自分に飲ませてあげたい代物だ。病院は自分が行きたいところにあるといい。行った帰りにスーパーと図書館に行けるからと思えるところがいい。

 

子どものとき偉人の図鑑を見ながら、すごい人はいじめられていたり親が離婚していたりするということに気が付いた。私にはそういったことがないからダメだ、そういうことが起こるとしてなんならいいかと思っていた。どれも大変だ。病気もそういうことの一つだ。動けるようになったとき私はまたいつ動けなくなるか分からないからと思っていたので力があり余っていた。小さい頃にそうだった人はなおさらだろう。

 

何事もない方が幸せだ。でも学ぶには何事かが必要だから、何事は自分で起こしに行くのがいいのだと思う。大家さんがLINEで写真を転送する方法を聞きに来るような今をとても恵まれていると思うけど、最近、頭に残るのは自分で決断したことだけなのではないかと考えている。10代、20代前半でも会社に入ってからは早いと聞いたからだ。自分で主張していかないと時間はあっという間に過ぎる。昨日のうるう年の日に2020年からメールが届いた。2016年からこのサービスを使っている。2028年の自分はちゃんと自分の強みを活かして攻めるように動いているだろうか。

台湾を一周しながら考えたこと

2月10日から18日にかけて台湾鉄道で台湾を一周した。そのとき考えたことを書いておきたい。

 

台中では、日本統治時代の建物を見た。日本統治時代の建物はその後、台南でも、台南でも、高雄でも、台北でも目にすることになった。建物はそのまま置かれていた。そのまま置かれていて朽ちていないということは、手をかけてもらっているのだろう。日本統治時代の建物を見て時代のうねりには逆らえないと思った。人間はその中で、精一杯生きるだけだと思った。

 

台中から台南に移動。今回は移動が目的だが最初の一時間寝た。とても気持ちがよかった。起きると日が暮れていくところだった。日の出日の入りは人が一日を過ごすには美しすぎると思った。しかし太陽もずっと日の出日の入りをやっているわけではない。羊飼いなら、日々の美しさをずっと感じられるのかなと思うが、普通は、とは言えいろいろあるよねと思う。

 

台南では王育徳のことを知ることができてよかった。彼は日本に亡命した後、周りと比べて8年遅れて大学に入り、台湾語がなくならないように10年かけて台湾語の勉強をした。家を売って台湾語の本も出した。卒業後には、横井庄一小野田寛郎の後にジャングルで見つかった元日本兵台湾人の中村輝夫に対して、日本が未払いの給料を払っただけでお見舞金を払わなかったことをきっかけに、元日本兵台湾人の補償のために動いた。その結果、彼の死後になるが、一人200万円の弔慰金が元日本兵台湾人に支払われた。

なお台湾語に関しては、王育徳紀念館の前の日に行った、同じ台南の国立台湾文学館がよかった。両施設とも入場料は無料だ。

 

高雄市立美術館ではこの絵は宇宙だな、この絵の横にもう一枚宇宙があっても宇宙で、何枚あっても宇宙だ、つまり無限大+無限大=無限大だと思った。

その後東側をぐるっとして台北に戻った。

 

時代のうねりにしても日の出日の入りにしても宇宙にしても人一人の力は及ばない。でもその時代を作ったのは人間だ。作った人でさえもそのうねりは止められない。国立台湾文学館に、台湾には歴史が地層のように積み重なっていると書いてあった。自分がした行動はどこかに響く。そうして波はうねりになる。中島敦は「人生は何事も為さぬにはあまりにも長いが、 何事かを為すにはあまりにも短い」と言う。しかし為すにしろ為さないにしろ波は生じて広がる。NHKの『映像の世紀』に入ったような体験だった。

 

王育徳は一生を台湾の夜明けのために捧げたと説明されていた。兄を二二八事件で亡くしているし、中国がパスポートを更新してくれなかったため生涯台湾には戻れなかったが、研究者の人生としてはいいなと思った。信念を感じる。自分は何が得意で何をしていくべきか、そういうことを考えさせられた。

 

旅行に行けば何かを感じる。計画を考えるのも飛行機を取るのも面倒だけど旅行はとても価値のあることだと思う。台湾は楽しいので特におすすめだ。情報が入ってきていないので驚く。しばらく行ってなかったら行った方がいい。

台湾鉄道の区間車、区間快車で台湾を一周した。

2024年2月10日から2月18日にかけて台湾鉄道の区間車、区間快車で台湾を一周した。台湾はコンセントも日本と同じAタイプで何の準備もしないで行ける国だが、行く前にここはどうなっているのかなと思っていることがあったので、分かったことをお伝えしたい。

 

・レンタサイクルのYouBikeは30分ごとに10元。

自転車に最初の30分は免費と書いてあるものもあったのだが、クレジットカードの明細を見るとどこでも30分10元(50円弱)だった。ネットで調べると4時間を超えてからは30分20元、8時間を超えてからは30分40元と書いてある。

 

・YouBikeはクレジットカードで使える。

ネットにそう書いてあったので自転車の悠遊卡をかざすところにクレジットカードをかざしてみたがダメだった。ホテルの人に何か困っていることあると聞かれたので聞いてみたが、アプリを見ながら台湾の電話番号と悠遊卡がないとダメそうだねと言われた。しかしネットをもう少し見てアプリのsingle rentalから進んでクレジットカードを登録し、YouBikeではカードをかざすのではなくQRコードをアプリで読み込む、もしくは番号をアプリに入力すれば使えるということが分かった。この方法では5日間しか使えないが、再登録すればまた5日間使える。海外のものに厳しい楽天カードははねられ、セディナカードを登録した。

 

・YouBikeのサイクルポートは事前に調べておく必要がないくらいある。

自転車のサイクルポートはたまにアプリで探したが歩いているだけ、もしくは自転車を漕いでいるだけで見つけることができる。夜市の近くではサイクルポートに自転車が埋まっていてそこでは返せなかったがまた近くにもあるから大丈夫だ。高雄の寿山動物園ではこんなに山を上がってきたけど自転車が一台も停まっていない、帰りになくなっていたら嫌だなと思ったのだが、一人で動物園に来る人はいないのでちゃんとその一台が待っていた。残り一台だと思ったらその自転車のカゴにたくさんゴミが入っていてout of serviceだったこともあった。サイクルポートがどれくらいあるか知るにはアプリをダウンロードして地図を見るのが早い。ネットで調べるとT-Bikeも出てくるがYouBikeが大手っぽいなと思いそれをダウンロードした。台湾に行ってみるとT-Bikeは一切なく、YouBikeに置き換わっていた。YouBike1.0と2.0は古い型と新しい型で、新しい型の方には電動もある。

 

・YouBikeを乗り降りするときにWi-Fiがないところもあった。

私は海外SIMを買ったことがない。Wi-Fiがあれば繋ぐくらいだ。しかしYouBikeを乗り降りするときにWi-Fiがないところもあった。私の場合、インドネシアでGrabを使ったときもそうだったが、そういうときは楽天モバイルの海外ローミングを使った。楽天なら追加料金なしで海外ローミングができる。日本よりWi-Fiが飛んでおり、返すときはWi-Fiがいらないので、Wi-Fiがあるところで借りるというのも手だ。

 

・YouBikeのサドルの高さ調整は超簡単、ギアも付いている。

途中で気が付いたのだが、すべての自転車がなぜこうなっていないというくらいサドルの高さ調整が簡単だ。緩めて高さを決めてまた締めるのではなく、固定を外して段階を選びまた戻すだけ。またギアは右にベルは左に付いていた。ヘルメットはないので持っていってもいいと思う。

 

・台湾鉄道の切符はクレジットカードで買える。

万歳。しかもタッチ決済だった。春節の期間、自強號、呂光號、復興號なら予約をしておいた方がいいのかもしれないが、私は区間車だったので、自動券売機に行って買った。並ばなかった。自動券売機では行き先を選ぶだけだった。地下鉄だと値段を選ぶことになるので、間違っていないよなと思いながら数字を選択しないといけないが、鉄道では単に行き先を選べばいいのは気楽だ。東側では自転車を持って乗り込む人たちが多く自転車を持たないで乗っている私は逆に珍しい存在だったかもしれない。時刻表で電車を調べてしまえばほら、行けるって分かる。

https://www.railway.gov.tw/tra-tip-web/tip

ネットで調べると台北MRTやバスのアプリを入れておくことがおすすめされていたが、MRTもバスもすぐ来るだろうと思って入れなかった。入れたのはYouBikeのアプリだけ。

 

台北MRTのトークンは現金で買う。

こちらではクレジットカードは使えないし、その額なら使えるのは100元、その額なら使えるのは500元と出てきて、少額に対して大きな紙幣は使えない。屋台も現金だが、LINE Payが使える場合もある。

 

・旗津へのフェリーは現金だと30元、悠遊卡だと20元。

悠遊卡はカード代だけで100元かかるので私は買っていない。台北MRTでの割引も終わっている。透明な箱に30元を入れるか、悠遊卡をかざすかなので、おつりは出ない。行きはちょうど持っていて、帰りはかき氷を食べたときにおつりは50元1枚ではなく10元5枚でほしいと頼んだ。慣れているのか簡単に対応してくれた。

 

振り返ってみるとどこに何日くらいいようかということ以外には、台湾鉄道についてどうなっているか調べていたなと思う。すごく簡単なのですぐ台湾に行ってしまってほしい。ただ東側は本数が少ないので調べておくといい。台湾鉄道で一周が旅のメインだったのに感想を聞かれるとYouBikeが便利でと答えてしまう。台湾鉄道に関してもクレジットカードのタッチ決済で買えてと思う。そういうところ、日本旅行は不便かもな。

 

私は初めて一人で行ったのが台湾だった。初めてだからひゃっほいってほど楽しかったのだと思っていた。しかしそうではなかった。台湾だからひゃっほいってほど楽しいのだ。つまりこれからいつ行ってもひゃっほいって思えるのだ。私は台湾がどれだけ日本のことを好きでいてくれているか忘れていた。それを忘れないためにも定期的に台湾に行った方がいいし、冬だけでも住むとかしたいなと思った。今回は一周ついでに台北で人に会ったが、次は人に会うことをきっかけにして台湾に行こう。台湾はとっても素敵だ。私は台湾を愛している。

ホットケーキにいろいろ入れてみた話

豆腐

人参

かぼちゃ

りんご

バナナ

ほうれん草

チョコレート

 

うちにはいつもおそうめんがあるが最近はホットケーキにいろいろ入れて食べていた。入れると厚みが出るので弱火で焼く必要がある。外が色付いても中まで火が通っていないからだ。広げたり押し潰したりして薄くするのも効果がある。焼くと作った順番が後の方のものほど綺麗になる。これをフライパンに入れて蓋をしておきお腹が空くとそこから食べる。いつもあるものとしては他にOKストアの煎り大豆があるが食事感はないため非常食だ。よその家ではどんなものが常にあるのだろう。

こうした方がいいということを徹底的にやり込むすごさ

1月に一番見られたツイートとはこれだった。

 

『パパと親父のウチご飯』の1-3巻を読んだ。シングルファーザー同士が同居。シングルマザー同士でもその状況の漫画を知らない。

 

ご飯ってとても大事だ。新橋に行ったとき、ここのご飯が変われば日本が変わるんじゃないかと思った。安くて上手い。量も多い。提供も早い。でも女の人もここで働いているんだよね。

 

今日のYahoo!ニュースにはこういうものがあった。

 

話題の中で結婚がキーワードになり、リリー・フランキーは他人と一緒に暮らす上で食が大切だと話すと、山口も共感した様子で「むっちゃ食。ほぼ食じゃないですか。夫婦ってほぼ食な気がする」とコメント。

 

千尋もハクのおにぎりを食べて泣く。ご飯って栄養以上のものだ。

 

最近、こうした方がいいということを徹底的にやり込むということについて考えている。佐藤可士和の『佐藤可士和の打ち合わせ』を読んだときに驚いたことがそれだった。特別なことはしていなかった。こうした方がいいということを徹底的にやり込んでいた。カンブリア宮殿でも「こうしてV字回復した」というときのこうしたことというのは案外普通だ。徹底的にというのがすごいのだ。今は参考になることもすべてネットに上がっている。ではなぜ徹底することは難しいのだろう。

 

第一に、こうした方がいいということは人によって違うのだと思う。絶対そっちの方がいいのにと思うのに。人によって思うことが違うということを覚えておくのは難しいから、何かそうしない理由があるのだろうと思ってここで止まる。

次に、こうした方がいいを説明するのは面倒だ。もしかするとみんな、何か理由があってこうしているんだろうと思ってそうしないだけで、こうした方がいいという思いは一致しているかもしれない。こういうときにデータはいい。自分の意見を主張することなくデータが事実を示してくれる。

そうして、徹底するにはやる気がいる、もしくはそうすると決めてしまう必要があるのだという考えに至った。こうした方がいいけど、まだ元気だしと思っていると、健康のための行動もされない。やっているうちにそのことに夢中になって、そのこと以外のことを考えなくなってという状況は幸せだよなと思う。上が決まっているからそれをブレイクダウンしていくだけで、徹底が起こる。自分を夢中なり徹底なりに駆り立てるために、すごいと思う人に囲まれておくとかできることはあるのだろうけど、今辿り着いたのは、そういうのはいいよなってところまでだ。大学院生がコーヒーを淹れてピアノを弾く生活ができればそれで幸せだと思っていたけど、同期に会ったときに話せる話を持っていたいと言った。分かるなあと思う。人生は単純か複雑か、もしくはそれは自分で選べるのか、方向性は決まっていて深さがあるのか、雪に浮かれながらそういうことを考えている。