証明写真とONE PIECEに見る物価

11月に一番見られたツイートはこれだった。

 

FreeDPEが500円になっていたので、証明写真、履歴書カメラ、美肌証明写真をダウンロードした。これらは無料。美肌証明写真がよかった。写真印刷はセブンイレブンだけ40円になっていたので、他のコンビニを使った。10年振りにパスポートを申請した際の変化はこれくらいだった。


    2012年→2022年
FreeDPF    0円→500円 ただし他の証明写真用無料アプリあり
写真印刷  30円→30円 ただしセブンイレブンのみ30円→40円

 

11月には私も妹もワクチンを3回打って海外に行った。私はカンボジアベトナム、マレーシア、妹はニュージーランドに行った。お互いにその国に友達がいるからだ。私たちはお土産にその国のONE PIECEの最新刊を買うことがある。今回ベトナムでは101巻、22000ドン(110円)、ニュージーランドでは98巻、15ドル(1400円)だった。ちなみに日本では104巻、528円で10年前だと68巻、484円だったようだ。差は36巻、44円。

ベトナムでは何でも安いので全部無料だと思って食べた。また同じものに出会えるか分からないので、珍しいぞと思ったら食べる。アンコールワットの遺跡群を3日間毎日見ていたのも食べるためだ。1日に食べられる量には限りがあるので食べるために長くいて、いるので遺跡を見る。

 

ONE PIECEの最新刊とその価格
ベトナム     101巻   110円
ニュージーランド   98巻 1400円
日本(2022年)    104巻   528円
日本(2012年)      68巻   484円

 

ここから先はもう物価とは関係のない話。研究室の人は学会でアメリカに行っている。ずっと先生と行っていたので一人で行くのは初めてで、Wi-Fiを借りていくので何かあったら電話すると言っていた。聞かれたので私はWi-Fiは借りていかないです(そもそもメインはガラケーだし)と答えると、簡単に行けて羨ましいと言われた。簡単だったかと言われると、精神的ハードルは低いけれどそれでも私だって慣れていったと思う。郊外を混ぜておくと良いとか自分の好きや楽しいを知っていった。そして開拓が進んだ。献血もそうで未だに注射は苦手で、右手で太ももをぎゅっとしているので、打つ人に「苦手なんですね、大丈夫ですか」と言われる。注射が刺さり続けているという状況なので、最初のときは左半身が次の日筋肉痛になった。それでも私はONE PIECEのジンベイのように献血するのだと思っている。銭湯も最初のときは、Google Mapsに出てきて気になっていたけど、私の市には一つしかなくて、その一つのは浴槽が木でできているんだと思って行った。でもお風呂に入るしかすることがなくて、何するんだと入ってるしかないだろうと思っていたらのぼせて、しかし脱衣所は番頭さんが見ているのでへろへろと着替えて、銭湯を出て銭湯の前で座り込んだ。だけど銭湯を好きな人がいるのにおかしいと思って、東京には銭湯が多いのでまたGoogle Mapsを見て出かけて、今では100か所近く行っている。結局私にはここはこういう感じかというのが面白かった。そういうわけで私は挑戦するのが好きというところがあるのだけど、ベトナムに友達が帰国していつでも来てと言っている、行くか、ベトナムには行ったことがあるのでベトナムやタイを経由しないといけないシェムリアップカンボジア)とセットにするか、それが考えやすい、何日くらい行くかな、だいたいこれくらいの大きさみたいだ、じゃあ何日にして、航空券はこことここが安いからそうしよう、乗り換えも考慮してって感じでやるのは、面倒ではあるんだ。そういうのを乗り越え乗り越え、やっているのだ。

弔辞

大ママ。私は大ママんちの広い家を走り回るのが好きでした。大ママはすぐ後ろから片づけて回ります。ある程度大きくなってからも私は大ママんちに行きました。面と向かうと何を話していいか分からないのだけど、行っておくかと思って行っていました。大学生になると私は携帯電話を持ちました。今も同じものを使っています。私はそれを使ってスーパーでの買い物の帰りに大ママに電話するようになりました。私は大ママから最近の話や昔の話を聞きました。大ママの口癖はおおごとです。大ママは私からスーパーに並んでいる野菜の話を聞くのが好きでした。私は珍しい色のにんじんなんかがあると大ママに報告しないとと思って買い物をしました。大ママは私が珍しい野菜に挑戦すると感心感心と言いました。そう言われると私は何もなかった一日を悪くなかったと思えました。おばあちゃんに毎日のように電話していると言うと周りの人に言うと驚かれました。私は幸せだったようです。

 

大学進学時に上京するとき、大ママは涙が出るから沙彩ちゃんに電話できないと母に言ったそうです。私は「大ママが悲しい」以上のことをしないといけないと思って、規定以上の授業を取ったり、いろんな人と話したりしました。結局周りの人を幸せにすることが大事だなんて大人が言うようなことを私も思うようになったけど、20歳の私に納得してもらえるように私は「大ママが悲しい」以上のことを考え続けます。

大ママが亡くなったと聞いたとき私はこれからは大ママに見られると思って恥ずかしいなと思いました。珍しい野菜も切ってフライパンをいっぱいにして焼いているだけだから。リュックサックいっぱいに野菜を詰めて頭にお米を乗せて運んでいることもあるから。でも見ていてくれたらいいと思います。未央ちゃんは今、飛行機でニュージーランドから戻ってきているところです。私は先週、カンボジアベトナムに行きました。大ママが心配しないように帰ってきてから言うようにしていたけど、これからは行くところから見られますね。春に産まれる未央ちゃんの赤ちゃんも見てください。大ママはより多くのひ孫を望んでいましたね。私はひ孫の話も聞こえているのだけど、大ママに私たちの人生を見ていて面白いなと思ってもらうことを望んでいます。ありがとう大ママ。

幸せでいればいいと思ったカンボジアと幸せの形はどこに向かうと思ったベトナム

大学の友達がベトナムに帰国したのでVietjetで会いに行った。カンボジアにはどうせ直行できないのでカンボジアベトナムをセットにした。

 

カンボジアではアンコールワットポルポト政権のキリング・フィールドを見た。3日券で毎日石の建造物を回った。全部自転車。ロリュオス遺跡群までも自転車で行った。兵庫県で防犯登録されている自転車で、鍵のキーホルダーはONE PIECEだった。それに乗って稲の横をひたすら走った。途中で焼きバナナを買って食べながら車と一緒に走った。今日も石って思った。だけど池の水の風景が美しくて、そのそばに住んでいるのであればとりあえず幸せだなと思った。最後の日私はノンテン・バテーを買った。カンボジアバインミーである。1ドルって言われたとき100個買おうかと思った。そのあとトゥクトゥクで空港に向かった。空港に向かいながら私は、この国にもらってばかりで何も返せてないと思った。そしたら大地が幸せになればいいと言った気がした。幸せになって溢れたものを人にあげたらいいって。カンボジアではたくさん友達がいないのかと言われた。人との営みの中で幸せを作っていけばいいのだ。

 

そうしてベトナムに戻った。11年振りに訪れたのに何も変わっていないじゃないか、変わるつもりないのというバイク。歩くのは得意だけど、あれをよけて渡らないといけないと思うと嫌になる。友達は会って早々、私に年金とiDeCoの話をした。9年ぶりに会っても今の話をするってことはこの先ずっと私と彼女は更新され続けていつだって楽しめるんだなと思った。彼女は7年間日本で働いたのだが、今円安で私が働いていた期間は何だったのかと嘆いていた。そして円とドルとドンに資産を分散させるとか、金を買うとか、あとはベトナムで整形が流行っているという話をした。彼女は私の足の上に自分の足を乗せて、私は足踏まれてるなあ、ベトナム人の距離感だなあと思いながら、豆乳入りベトナムコーヒーを飲みつつ話を聞いた。それから映画館で『Black Panther: Wakanda Forever』を見た。フィリピンで『Beauty and the Beast』を見たときは、英語圏だとすぐ公開できるなとだけ思ったのだけど、今回はこれが世界最高峰の映画なのだなと思った。カンボジアでは幸せでいればいいと思ったのに、これを見て私は幸せが何か分からなくなった。ベトナムにはすき家ジョリビーマクドナルドがあった。都会なら便利なものはあって欲しい。でもこの映画、たくさんの人が協力し合って作られたのが分かる。これをベトナムや日本がやるかと言うとやらないと思う。だけど資本主義の中にいるのなら目指すべきはGAFAにならないか。ときどき映るアメリカのあの家に憧れないか。

 

その後私はマレーシアに行った。空港の周辺しか見てないが、また違う国である。どこに答えがあるかは分からないけど、幸せと便利さはこれまでたくさんの人が考えてきた問題で、いろんな国が国ごとにそれぞれの解を出しているのではないかと思う。私はこれからそれを見て回りたい。

したいなあって思うだけでも意味はあるのか

10月に一番見られたツイートはこれだった。

 

「転生ゴブリンだけど質問ある?」の1-6巻を読んだ。毎話次の話が気になるので一気に読んだ。ジャンプ以外の漫画を読むと、漫画っていろんなのあるなあって思う。

 

ジャンプだとハンター試験や中忍試験があり、部活ものなら真面目回の途中に試験対策や文化祭がありなどがある程度決まっていて安心して読むことができる。なのでジャンプ以外の漫画を読むと、まず世界の枠組みを教えてと思う。だけどそういう漫画だってもちろんありだ。その掛け合わせは今までなかったというパターンを見ると、ありとあらゆる形がありそうで、私の頭から漫画を出したらどんなものが生まれるのだろうと思う。
読まれることがない中で描こうとはならないので、図工の時間みたいにその時間が設けられたらと思う。「図工の時間」は私の頭の中に転がっている考え事のひとつで、図工の時間ってなんだろう、どういうのがあるだろう、どこにあるだろう、どうしたら生み出せるだろうと考えている。

 

もうひとつ最近の考え事の話。言ってたら叶ってるという話だ。私は院生のとき留学で溜まったマイルでフィリピンに行った。フィリピンは東南アジアにあるキリスト教の国で思っていたのと全然違った。国が若くて私はこの国と仕事がしたいと思った。社会人になり最初の仕事はフィリピンとのものだった。私は忘れていてそう言えばフィリピンと仕事がしたいと思ったんじゃん、最初の仕事でそうなってるじゃんと思った。上手くはいかなかったけど。
「次の旅行では島に行きたい」と思ったら研修で行ったフィンランドで島に行ったし、「次の旅行では陸路で国境を越えたい」と思ったらラオス人の帰省に付いて行ったときタイにも行った。そして最近、大島と宮古島には行ったけど、私はまだ島にはまっていなくて、手軽なところとして佐渡島に行きたい、調べたら2024年になったら飛行機が飛ぶようだ、新潟まで行ってそこからフェリーは遠いからそのときに行こうと思っていたら、友達が新潟大学助教になり研究室見学に行くことになり、佐渡島にも行けるよと言われて本当だ港近いじゃんとなり行くことになった。
今の仕事もそうだ。大学の先生に会ったときに、私の授業で調べていたことを仕事にしているんだねと言われて、そう言えばそのときのテーマだったと思い出した。
どれも言ってたら意図せず実現していたこと。たくさん言ってたらどれか叶うというだけかもしれないけど、どれもぽろっとしているので、したいなあ、やりたいなあという気楽さが大事なのかなと考えていた。台湾一周したいとか、ベトナム縦断したいとか、私は他にどんなことを思っただろう。ぽろっとにもいいぽろっとがあるのかな。

スケッター:介護・福祉のボランティア

このブログは前月に一番見られたツイートをテーマに更新をしているが、ときどきある程度まとまったら書くということもしている。強力粉と薄力粉でいろいろ作った話やジブリゆかりの地との出会いなど。そして今回書きたいのはスケッターを14回したという話だ。オンライン工場見学についてもいつか書きたい。

 

スケッターは介護・福祉のボランティアを指す。報酬は交通費なしで1時間1000円、オンラインなら500円というところが多い。時間は3時間程度でほとんどお昼をまたがない。仕事内容ごとに感想を書いていく。

 

  1. 掃除

ベッドの下の掃除(人間はルンバではないので立つとしゃがむの繰り返しは疲れる)、水回りの掃除、ドアノブや手すりの除菌、運動機器の除菌(1分間×3セットでデイサービスの利用者が何回もぐら叩きをできたかを記録した後除菌する)を行った。黙々とできるものは好きだし、こういうスケッターがあるんだと思ったが、掃除をしてもまた汚れると思うと繰り返しはやれない。スケッターがいないときは掃除をしていないのかなと思うこともあった。

 

  1. お茶出し、配膳

お茶の好み(温かい方がいいとか、お水の方はいいとか)を聞いて注いでいく。飲んだ量を記録するところもあった。食事は人により完全食、ペースト食、お薬付きなど違うので、名前と一致させながら運ぶ。一緒に食事をいただくこともあった。完全食の利用者はペースト食ってどうなんだろうと横目で見ながら食べているのだと言っていた。やり慣れてくると早く動けるようになる。一度調理にも加わった。14人分のお味噌汁を作ったが誰にもお味噌の量や味をチェックされなかった。

 

  1. 傾聴

私はこれが苦手で間にこれがあるとこの時間にこれだけの人と均等に話さないとと思っていた。会話を盛り上げられなくてすみませんと思っていた。でも途中で私の祖母もそう簡単には話さないぞ、でも話しかけられるの自体は嫌いじゃないぞ、祖母みたいなものかと思って話すようになった。スケッター内での上達があるとは思っていなかったので驚いた。

 

  1. その他

地域のお寺での夏祭りのお手伝い(景品を選んでもらうところにいた)、施設での夏祭りのお手伝い(浴衣や法被を着てもらい盆踊りをした)、本の感想を書く、お仕事のインタビュー、介護漫画をアニメーションにしたときの声の録音。スケッターの内容を考えるのが上手いですよね。スケッターでは他のスケッターに会うことがあまりないので他のスケッターとお話できると楽しかった。盆踊りを覚えているとか着付けができるとか、ほんと何でもできておいて損なことはないなと思った。自分のペースで片付く掃除が一番好きで、一緒に盛り上がってください系は苦手なのだけど、大人になると苦手なことをすることが減るので、もっと適任の方が地域にいるだろうにと思いながらやらせてもらった。

 

面白いなと思うのはジモティーと同じでやる前から募集の文面ややり取りでそのスケッターが当たりか外れかが分かるということ。ちょっと変だなっていうやつはやっぱ変だし、ちゃんとしているところはちゃんとしている。私を仲間に入れてくれる。ただどこも、コロナ渦でも外の人を入れてみようというところは、いい介護施設ではあると思う。そういう人がいてくれるところはいい。だから手伝わせていただいたときは私にもっと力があればと思う。あとは年を取るということとか一人一人できることが違うこととかも考えた。今の暮らしに不満はなく自分の体がもっと動けばと思うだけとよく聞いた。迷惑をかけていて申し訳ないとかせっかくやってくれるのだがら行事は楽しむしかないとか情けないとか後遺症のない病気で早く逝きたいとか。スケッターでは介護施設の様々な挑戦と自分の変化を見ることができた。

タスクは人に贈与できる貴重なリソース

9月に一番見られたツイートはこれだった。

えらいてんちょうの『ネットゲリラ戦略』を読んだ。しょぼい起業には勝らない本だと思ったら「人に役割を贈与できるようになると人的ネットワークが広がり、さらに多くのタスクを抱えられるようになる」「タスクは人に贈与できる貴重なリソース」とあり、このすごさを受け止めるために本を一旦閉じた。


が、一番面白かった本は桐谷の人生を書いた『桐谷さんの株主優待ライフ』、一番面白かった映画は韓国の光州事件を描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』だったこと、

井上たかひこの『水中考古学』を読んだ。作者は東洋人として初めて水中考古学の学位を取得した人。普通、本は最初の方が面白いが、これは終章、現在も調査が続いている、千葉県勝浦沖に沈んでいるアメリカの蒸気船ハーマン号についてが面白かった。水中考古学について考えたのは初めてだった。


とツイートしたら、リツイートにより、今の日本には作者に続いて水中考古学をしている人がいるということを知ったということも言っておきたい。

さてタスクの贈与について。私はすることを与えてもらえるというのはありがたいと思っていた。半年に一回大量の封筒に宛先シールを貼り、中に会誌を入れ、両面テープを貼って封をするのを手伝っている。WordpressでHPを作り、講演の告知をしたり、論文やプレスリリースが出たら業績に追加したりしている。人探しもしていた。ハッカソンイベントの女性の審査員を探したときは、AがBに連絡してくれた。BはそこでAに政治家になりたいという相談をして、その後、出馬した。AとBが久しぶりに会ったということを聞いただけでよかったなあと思っていたのに、その後の応援をも楽しむことができた。私にも知り合いが増えた。そういう風にこれは美味しいと思ってやっていた。人は仕事を与えられるの待ちなところあるなと気が付いてからは振ることも考えていた。ただ「手持無沙汰にしている人にその人だけの役割や仕事を贈与するために、たくさんのタスクをプールしておくようにしています」というタスクのプールは考えたことがなく、なんて考えられているんだ、私は甘かったと思った。会社に医療系の翻訳できる人知りませんかとか副業頼んでいいですかとか言ってくる人がいる。彼は前社での知り合いもどんどん引き入れる。あれはまさに「人に役割を贈与できるようになると人的ネットワークが広がり、さらに多くのタスクを抱えられるようになる」が起きている。私は「タスクは人に贈与できる貴重なリソース」にびっくりして、あれはそういうことだったそういうことだったそういうことだったと思って、一旦本を閉じて落ち着こうとしたのだった。
びっくりしたなってことだけでいつもの文量を書いてしまった。それでどうしようかも今考えていて旗だなと思っているのだけどそれはまた別のところで。今回は「タスクは人に贈与できる貴重なリソース」だって話でした。

生きてるって何だ

8月に一番見られたツイートはこれだった。

 

『HEART GEAR』の1-4巻を読んだ。人間の少女ルゥとギアと呼ばれるロボットたちの話。読んでいるとときどき痛くて生きていると思った。

 

今のところ人間はルゥ一人しか出てきていない世界で、コアユニットだけが残っている、育ててくれたゼットを復活させるため、ルゥは生体反応を隠してクロムとロックと旅をしている。そこでよく生きてるって何という話になる。

250年以上生きている元人間のヘンリックは死生観についてギアと語り合い「いやあ長生きはするものだ」と言っていた。私はそれが印象に残っている。人間(この場合はギアだけど)は予想外のことをする。

 

8月には病気や障害の映画を一つずつ見て、違うなと思っていた。病気や障害はメインではない。『最強のふたり』のようにただ人と人が出会って物語が始まっていくのがいい。ギアも病気や障害も一つの設定でそれが物語を面白くするけれど、基本的には人と人の話であるべきだ。同じく8月に読んだ『この音とまれ!』では、部活って指導者で決まると思っていたけど、それはそうなんだけど、周りの人の動きや相互作用も大事だと思わされた。映画ではそういう出会いは突然起こる。平凡な人にも起こる。平凡な方が、味があったりする。

 

妹が妊娠した。お腹の中の小さいものはまだ味を知らない。痛みも知らない。痛いから私は私が生きているって分かるけど、日に日にいろんな器官ができていく者は、本人が痛みを知らなくても、生きているように見える。こちらの目が丸くなる。ルゥも生体反応がある人間だから髪が伸びていた。夜になったら寝ていた。美味しいと思っていた。生きてるって変化しているってこと、反応があるってことなのかもしれない。